最高裁判所第三小法廷 昭和53年(オ)537号 判決 1978年8月29日
上告人(被告)
崎山宗枹
被上告人(原告)
宮本剛
ほか一名
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人篠原一男、同河津和明、同斉藤修の上告理由について
原審が適法に確定した事実関係のもとにおいて、本件事故当時における訴外川村武久らの本件自動車の運行につき、上告人が運行供用者である地位を失わないものとし、また、訴外亡宮本律子が共同運行供用者にあたらないとした原審の判断は正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、所論引用の判例は本件と事案を異にし適切でない。論旨は、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判官 環昌一 天野武一 江里口清雄 高辻正己 服部高顯)
上告理由
上告代理人篠原一男、同河津和明、同斉藤修の上告理由
一 原判決は、
<1> 上告人は沖縄県内に居住しているがその子の崎山肇は本件事故当時(昭和四八年九月当時)熊本工業大学生で熊本市子飼本町に下宿し、当時卒業研究をなしていたのであるが、その調査活動に自動車が必要であつたため、上告人に頼みその所有の本件車を昭和四八年七月末頃より熊本に運び使用していたこと
<2> 川村武久、早瀬孝幸も右大学四年生で崎山肇と交遊関係にあり、それで崎山肇も平島孝一を知つていたこと
<3> 昭和四八年九月一三日夜、川村武久、早瀬孝幸、平島孝一は集つているうち、運転免許を有する川村の運転でドライブに行くことに決定したので一〇時過ぎ頃、崎山肇から自動車を借りるべく同人宅に赴き、その交渉をしたが、その際同人にこれからドライブに行くことを隠し、少しの間だけ車を借りる旨頼んだこと
<4> 崎山肇は、車を貸すことを好まず、調査活動に車を使用していたのでほとんどガソリンがなくなつており、そのため一旦断つた。ところが川村らは急用で少しの間だけ車を借りるだけと熱心に頼むので崎山肇はガソリンがほとんどないことを知りながら車の貸与を頼むので真実急用でかつ直ちに車を返してくれるものと信じて車を貸すことにしたこと
<5> 崎山肇は、川村ら三名が車に乗り込んだ際本件車の運転方法について説明する一方、慣らし運転中であるからスピードを出さず、大切に運転してくれるように念を押したこと。その理由は車は四八年型の所車で、崎山肇が借受けた際には当時八〇〇キロしか走つておらず、その直後の八月六日に一〇〇〇キロの定期点検を受けたばかりで、崎山肇は本件車に非常な愛着を持ち、慣らし運転を専らとし、無理な運転をしないようにしていたからであつたこと
<6> 川村ら三名は午後一一時、川村武久の運転でドライブに出かけたのであるが、出発直後喫茶店の勤めを終えて帰宅中の宮本律子を見つけ、ドライブに誘つたところ承諾を得たので四名で出かけたこと
<7> しかし、本件車にはほとんどガソリンがなかつたので平島孝一が費用を出して四〇キロリツトルほどのガソリンの補給をなし、大津町を経て国道五七号線を阿蘇方面へ進行したこと
<8> ところが、当時深夜で車も少なかつたので川村は一〇〇キロ近い速度で進行し、カーブでは「キキー」というコーナーリングの音がしていたが、特に危険を訴える者はなく、かえつて平島は「とばせ」と言い、また川村が右速度で走行していた時、「事故を起して死んでしまうぞ」と言つたのに対し、宮本律子は「死んでもかまわん」と言つたこと。さらに川村がそろそろ帰ろうと提案したのに対し他の者は反対し、そのままドライブをつづけたこと
<9> 右速度で進行しながら宅の車と追い抜き合いをしていて九月一四日午前一時ころ、阿蘇郡波野村の事故現場にさしかかつたが、他の車に追い抜かれたため、追い越すべく更に加速し(時速一二〇キロ以上の速度に加速したことになる)、これを追い抜いたのだが、直後通路が右にカーブしているのに気づき左車線に戻るべくハンドルを左に切りブレーキを踏んだところ、車の後部が左に振れて滑走をはじめ、ブレーキを離すなどの操作をしたものの車はガードロープの支柱に激突したこと
<10> その衝突のすごさは、支柱が一〇センチもずれ、本件車は中央部分で切断された宮本律子も二分されたという状態であつたこと
なお、川村は昭和四五年三月に普通免許をとり、車の運転経験を有していたが、本件事故当時は、はだしで運転していたこと
を各認定し、
<1> 上告人が崎山肇に対し前記の事情から当時本件車の通行管理を委ねていたとしても、事故車に対する運行支配が失われていないこと
<2> 川村らの借用目的、使用方法など崎山肇の意に反する無謀な運転であり、上告人においても予期しないところであつたが、借用するに至つた目的、崎山肇との関係、ドライブが終れば直ちに返還予定であつたことから、本件事故当時も上告人の本件車に対する運行支配は失われていなかつた
<3> しかし、早瀬は川村、平島らとドライブを計画し、川村が帰ろうと言つても賛同せず、事故に至るまで更に走行を継続したので、早瀬も事故当時、本件車の運行を支配し、その利益を享受していたものであつて、本件車の運供供用者に該当し、従つて自賠法三条の「他人」に該当しないので、上告人に対し損害賠償を請求しえない。
<4> 他方宮本律子は、本件ドライブに行く計画にも車の借受にも加わつておらず、川村の無謀運転を煽るような言動をしたことが窺われるが、事故車の運行を支配していたとすることはできず、従つて上告人は運行供用者として宮本律子及び被上告人らの損害を賠償する責を免れないと判断している。
二 しかしながら、原判決は自動車損害賠償保障法第三条の解釈適用を誤つた法令違背があり、その違背は判決に影響を及ぼすことは明らかである。即ち、
1 右認定事実を前提にする以上、本件事故当時、上告人は本件車に対する運行支配を離脱し、運行利益も喪失していたと解すべきである。
運行供用者が責任を負う理由は危険責任または報償責任を基礎として事故車の運行について支配を有し、また利益を得ているからである。そして、自賠法の立法趣旨である被害者救済の見地から、運行支配および運行利益は直接的なものにとどまらず、間接的支配又は潜在的可能性でも足りると解すべきはもちろんであるが、逆に間接的支配又は利益の潜在的可能性もない場合は運行供用者とは認められない。
ところで、崎山肇と川村らは大学の友人であるが、上告人と川村らには何らの人的関係もなく、しかも川村らは崎山肇より本件車を供用するに当り、使用目的を偽つたばかりが、使用方法についての崎山肇の指示を全く無視した自傷行為ともいえる程の無謀運転をなしたのであつて、直接の貸主である崎山肇の意に反する使用であることはもちろん、上告人においては全く予想し得ぬ行為であつて、以上からすれば本件事故当時、上告人は本件車の使用、運行に関する指示、監督などによる直接的支配はいうまでもなく、間接的あるいは潜在的な支配すらも有していなかつたと解すべきであり、また川村らの運行によつて上告人が潜在的にも何らかの運行利益を享受していたと解すべきでもない。
そして、原判決も前記認定事実から川村武久、平島孝一、早瀬孝幸らに運行支配、運行利益が帰属していたことを認めているが、そうであれば、本件のような無謀運転及びそれを予想し得ぬ上告人については、間接的な運行支配、または、運行利益の潜在的可能性もないのであるから本件事故当時上告人は本件車の運行支配を離脱し、運行利益も喪失していたと解すべきである。
従つて、原判決が川村らが借用するに至つた目的経緯、直ちに返還予定であつたことだけを理由として上告人に運行支配を認定したことは「運行供用者」の解釈適用を誤つたものである。
2 上告人が運行支配を喪失していないとしても宮本律子は、事故当時本件車に対する運行支配及び運行利益を有し、従つて、自賠法三条の「他人」に該当しないものと解すべきである。
(一) 自賠法第三条の「他人」とは、運行供用者及び運転者以外の者を言うとされる。
ところで、宮本律子はほぼ当初からドライブに加わり、川村が一〇〇キロの速度で走行しても危険を訴えてこれを制止することなく、また川村が帰ることを提案したのにも反対し、さらに川村が「事故を起して死んでしまうぞ」と言つたのに対し「死んでもかまわん」と言つて無謀運転を煽動したのであるから、本件事故原因となつた無謀運転に加担し、少なくとも間接的にはその運行を支配し、またその運行利益を享受していたものと解すべきであり、原判決が運行供用者と判断した早瀬孝幸と対比してみても、車の借受けに加わつていない点が異なるだけで、その余の運行に対する関与は同様であり、むしろ無謀運転そのものについては早瀬孝幸以上にこれを煽動しているのであるから本件車に対する運行支配、運行利益の享受はより強いものと解すべきである。
(二)1 さらに自賠法第三条の「運行供用者」の解釈、適用についても究極は発生した損害を誰に負担させるのが最も公平かという不法行為制度の理念に基づかなければならない。
無償同乗車に発生した損害の場合は、無償同乗車及び保有者、運転者双方の一切の諸事情を斟酌して判断すべきであるが、事故車と何ら関係のない通行人等の第三者の場合とはおのずから異なり、保有者の責任をより緩やかに解すべきことは、公平妥当な見地からして是認せらるべきである。
そのために、無償同乗者が事故により被害を蒙つても事故車の保有者の運行供用者責任が否定される場合があることは、最高裁判所(昭和四九年一二月六日判例時報七八七号六七頁、同五〇年一一月四日判例時報七九六号三九頁)及び学説が認めてきたところである。
2 ところで、早瀬孝幸、平島孝一、宮本律子はいわゆる無償同乗者であるが、崎山肇が本件車を川村らに貸与した目的、経緯は前記のとおりであり、川村らの本件使用及び宮本律子の同乗は崎山肇の意思に反していてしかも保有者である上告人にとつては全く予想できぬところであつたのだから早瀬、平島、宮本はむしろ無断同乗者というべきである。
そして宮本らは前記のとおりの無謀運転を煽動したのである。とすれば早瀬、平島、宮本らは、本件無謀運転による事故発生の相当なる危険性を十分承知しての同乗であつたとみるべきであり、他方かかる無謀運転は上告人には全く予期し得ぬことであつた。
3 そこで本件において、一方は若い男女の醸成した雰囲気による危険をなしめた無断同乗者であり、他方は右事態を全く想像さえもしえぬ直接の貸主でも及び同乗させたのでもない上告人であることを考慮すれば、早瀬、平島、宮本ら無償同乗者の被害については、右同乗者らに負担させることこそが、最も公平妥当で、かつ合理的な解釈であると言わなければならない。
(三) 以上の点からして、宮本律子も事故当時、本件車に対する運行供用者たる地位にあり、従つて自賠法三条の「他人」に該当しないと解すべきである。
三 さらに原判決は最高裁判所昭和四九年一二月六日判決(判例時報第七八七号)に相反する違背があり、判決に影響を及ぼすことは明らかである。
1 右最高裁判所の判決は、所有者から私用を禁止されていた従業員が勝手に持ち出そうとした際、母から戒められて一旦夜桜見物をやめる気になつたところ、同乗者になつた者三名が禁止されていることを承知しながら決行を強く主張し、決行したところ事故を起し、同乗者が即死したという事実に対し、同乗者及びその相続人に生じた損害につき所有者に対し自賠法三条の運行供用者責任を問いえないとした原審の判断を正当としたものである。
2 ところで本件事故において宮本律子も無謀運転であることを十分承知しながら(前記の様な無謀運転は上告人はもとより社会通念上からも禁止されていることは十分知りうべきことである)、かえつて無謀運転を煽動したのであるから、右最高裁の事案と同様の事例というべく、従つて、原判決は右最高裁判所の判断に違背し、判決に影響を及ぼすことは明らかである。
四 右の次第で原判決が、本件事故による宮本律子の損害について、上告人の責任を肯定したことは自賠法三条の解釈を誤り、かつ右最高裁判所の判例に抵触しているもので、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背が存するもので破棄を免れないものである。
以上